対談-TREND PARK Vol.12
トレンドマイクロのエグゼクティブと企業・官公庁のお客様、パートナーとの対談
東京大学 産学連携共同研究プロジェクト
TREND PARK vol.12(2008年6月発行)掲載
文理融合の新しい視点で優れた成果を挙げる
産学連携が脚光を浴びる現在、トレンドマイクロも東京大学と協力し、インターネットの構造について基礎研究を行っています。将来は研究成果を製品やサービスの開発に結びつけるべく進めているこの取り組みについて、実際に研究を進めている東京大学の研究者と産学連携プロジェクトチームから
主要メンバーに集まっていただき、座談会を開催しました。
文理融合で進めた共同研究の成果が多くのメディアから受け入れられた
エバ
先日、東京大学とトレンドマイクロが実施した共同研究の成果を発表させていただきました。多くのメディアに取り上げられるほど興味深い内容で、私も大変満足しています。
藤田
東京大学にとって、この共同研究の意義は2つあります。1つ目は、東京大学は、2007年から国際的な産学連携を推進するための取り組みを本格化し、今回、トレンドマイクロというグローバル企業をパートナーに迎えられたことです。2つ目は、今回の取り組みにおいて、情報理工学系研究科・数理情報学専攻の増田直紀先生と、経済学研究科ものづくり経営研究センターの特任准教授(2008年4月より関西大学社会学部教授)である安田雪先生が解析にあたってくれたことです。これにより、文系と理系の垣根を越える“文理融合”領域で共同研究を進めることができました。
エバ
文系と理系がそれぞれの得意分野を持ち寄り、一緒に研究を進めることでいままでには出てこなかった発想で研究を進められることがありますよね。今回のプロジェクトがうまく進んだのは、メンバー間でうまく発想を交換できたことも大きいと感じます。
海老野
日本人は欧米人と比べて、将来の見通しを立てることは苦手ですが、骨太な課題を見つけて解決することに関しては長けていると言われています。たとえば、高齢化社会問題をはじめ、資源の枯渇問題や税金問題などの課題について、積極的に解決策を提案しています。こうした日本の得意分野を、“課題先進国日本”と表現するようにもなってきています。
こうした視点でネットワーク社会をとらえたとき、インターネットには光の部分だけでなく影の部分も見えてくるわけです。今回の共同プロジェクトは、その影の部分であるセキュリティ分野に対してもメスを入れるべきだという認識がトレンドマイクロと一致したのがきっかけでした。あらかじめ課題が共有できていたことで、足並みをそろえてプロジェクトを進めることができました。
膨大なURLデータベースから特定の傾向を発見する
増田
共同研究では、「Adult」「Illegal Drugs(違法薬物)」「Travel」など38種のカテゴリに分類されたトレンドマイクロが保有する膨大なURLデータベースを利用しました。2007年6月から約半年をかけて、URL(総ページ数:1247万2530、総リンク数:5270万8173、総ドメイン数:33万9828)のネットワーク構造を調べました。
トレンドマイクロのWebコンテンツ評価データベースからランダムに抽出した700のURLを出発点とし、各ページ内のリンクを3ジャンプ先までたどってアクセスできるすべてのページを対象にカテゴリ分類し、リンク構造を分析することにしました。その目的は、コンテンツ内容の分析などで使われるような言語的情報を用いずにリンク先のカテゴリ傾向を分析することで、カテゴリ類推などにおける精度向上への適用の可能性を確認することです。ひいては、コンテンツフィルタリングなど、将来の製品開発に向けた有益なデータを獲得することです。
藤田
産学連携をプロデュースしている立場から申し上げますと、研究員が取り組んだ研究課題から生まれる結果は、単に「論文を書きました」というだけでは成功とみなすことはできません。今回はフィージビリティスタディ(実現可能性の予備調査)として研究を進めてきましたが、その成果は最終的に具体的な製品やサービスの中で活用されてこそ意味があると認識しています。そういう点で、当初から目的を持って取り組めた今回の共同研究は、有益だったと考えています。
安田
私は社会学者ですので、人々が日々営んでいる社会生活が相互作用し、その結果として作られるネットワーク構造のあり方という観点から分析を行いました。言語やテキスト情報に全く依存せずに、Webリンクのつながりとネットワーク構造からカテゴリを判別する。国際的・文化的な言語の枠を超えた研究結果を披露することができたと自負しています。
相互リンクの密度はAdultカテゴリが最も強い
増田
今回成果を発表しました「Webリンクの構造解析」は、フィージビリティスタディの第1弾として研究してきたものです。現在は、悪性プログラム検知技術などについても共同研究を進めています。
安田
社会学者として、とても面白い研究テーマです。私自身、情報システムに深い知見があるわけではありませんので、増田先生と一緒に研究することで、可能性が広がりましたね。いくつかの成果については製品化やサービス化の基礎として扱うことのできるものだと感じます。
増田
共同研究の成果として、カテゴリによってネットワーク構造に違いがあり、相互リンクの密度はAdultカテゴリが最も強いことが確認できました。ドメインの関係性では、同一カテゴリ間の結びつきが強いですね。すべてのカテゴリからコンピュータ/インターネット関連や検索エンジン/ポータルサイトへの結びつきが強いことも明らかな傾向として見られます。
また、安全なカテゴリのページからであってもリンクをたどることによって、有害サイトに到達する可能性が平均で0.27%(出発点から1ジャンプ先)から2.69%(2ジャンプ先から3ジャンプ先)に高まることが判明しました。安全なカテゴリから出発しても、いくつかのリンクを経ることによって、Adultカテゴリに到達してしまうのです。
Adultサイトのカテゴリで930個の巨大クリークを発見
増田
また、相互に完全なリンクを持つノードの群れを意味する「クリーク」も発見しました。
たとえば、Adultサイトにおける930個の巨大クリークは、人間関係で言えば、930人の全員が全員と友人関係である状況を意味しますが、これは現実的には考えにくいですよね。つまり、大きなクリークは人工物に見られるもので、インターネット利用者をAdultサイトに誘導しようとする商業的な意図があることが想像できます。
ただ、研究によって得られたこれらの結果は、あくまでも初期的なデータにすぎません。結論をより確実なものにするために、今後も研究規模の拡大とより体系的な調査を行う必要があると認識しています。
大三川
エバは現在、トレンドマイクロのCEOとして、企業経営全体を統制していますが、代表取締役社長兼CEOに就任する前は長い期間、CTO(最高技術責任者)としてリーダーシップを発揮してきました。今回の研究成果を報告したところ、社内の研究開発チームとグローバルに応用できる結果を得たと喜んでいました。
エバ
すばらしい成果だと感じました。これからも互いに協力して研究を進めていくことを強く願っています。
以前からある分野に新しい技術を持ち込み、技術革新を成し遂げる
海老野
情報科学は非常に重要な専門分野だと認識しています。例えば創薬の分野でも、データマイニングや機械学習を応用して効率的にスクリーニングすることができるなど様々な研究領域で情報科学が活躍しています。
情報セキュリティの分野でも、従来のセキュリティの仕組みと情報科学を融合することで、ネットワーク構造の特性をいくつか見つけることができました。以前から存在した分野に新しい分野の技術を持ち込むことで、技術革新を起こすことができるのです。
エバ
日々進化する技術を活用することで、研究のスピードは上がりますね。
海老野
東京大学では、さまざまな分野の専門家が日々研究を続けていますので、新しい知見が生まれる可能性に満ちています。また、今回のプロジェクトにおいては、社会構造に関する専門分野の1つであるネットワーク構造の解析に社会学を専門とする安田先生の知見も加えることができました。
文系と理系の融合に加え、ネットワークとセキュリティ、それに情報科学が加わった、非常に面白い研究領域になるのではないかと考えています。
トレンドマイクロの本当の強みは有害なものは何かを認識していること
安田
今回の共同研究を行う以前、トレンドマイクロのソフトウェアは、蚊に刺されないように寝床を覆う蚊帳のようなものだと想像していました。しかし、研究を通してトレンドマイクロの本当の強みは、有害なものの侵入を防ぐことではなく、有害なものは何かを認識していることだということに気づきました。
共同研究を契機として、このようなトレンドマイクロの企業イメージや、これまで蓄積してきたナレッジ、そしてソリューションの魅力を対外的に示すお手伝いをしていきたいと考えています。
エバ
ありがとうございます。
安田
データマイニングの技術やネットワークサイエンスの分野は進展が速く、学ぶべきことが多いので、学術的にも今回の研究は価値がありました。単に有害なウイルスの侵入を防ぐだけでなく、こちらからウイルスや脅威に向かっていく姿勢で、学術的にも社会的にもインパクトの強いメッセージを打ち出せるような研究にしていきたいですね。
大三川
トレンドマイクロは、2007年1月より株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの「PLAYSTATION®3」に対して、総合Webセキュリティサービス「トレンドマイクロ ウェブセキュリティ for PS3」の提供を開始しています。このように、ゲーム機をはじめ、カーナビゲーションシステムや情報家電など、さまざまなデバイスが次々にインターネットに対応してきています。
ユビキタスネットワーク社会の到来に先駆けて、このような研究データを獲得できたことの意義は大きいですし、われわれとしてもサービスの提供を通じて社会に貢献できる企業でありたいと考えています。
研究の延長で社会科学の領域すべてにおける知見を
海老野
今回の研究の延長線を掘り下げていくことについては、増田先生と安田先生にそれぞれのお考えがあるでしょう。逆に、別の角度や視点から今後の研究を捉えた場合、トレンドマイクロとしては、どのように進めていきたいと考えていらっしゃいますか。
大三川
さらに基礎データを集めるという方針に加えて、その基礎データの中から製品やサービスの開発に役立つ発見を得られると良いと思います。
増田
安田先生と私は、研究分野は文系と理系にわかれているように見えますが、どちらもネットワークの専門家であることに違いありません。とはいえ、この研究結果を製品開発に結びつけるためには、言語やロケーションに対する知見が必要不可欠です。今後、この研究がより有益な成果につながるためには、社会科学の領域すべてにおける知見が必要になるかもしれませんね。
エバ
テキストマイニングの手法を用いるだけでは、さまざまな課題に対してアプローチできる範囲に限界があると考えました。このため、今回はテキスト情報に依存しない研究テーマを選びました。単一の知見や方法での解析には限界があるためです。さまざまな視点からデータを分析し、成果を積み上げる中で、さまざまな研究者が学術的に興味を持ってもらうことができれば、そういう人たちをどんどん巻き込んでいきながら研究規模を拡大していきたいですね。
安田
今回の共同研究では、かなりのデータを抽出しているのですが、まだすべてのデータを解析できたわけではありません。いくつかの特徴あるものを深掘りした事例だけではなく、今後は再現性のあるものに言語的な知見を加えて、
再確認していきたいと考えています。また、共同研究することの最大のメリットは、インフラとして企業が持っている高度な技術を研究者が肌で感じ、優れたエンジニアの方々とのチームワークを構築して研究を進められることです。
私たち研究者にとっては、学術的な知識を得るだけでなく、企業の新製品開発に加わることで強い責任を感じることができます。広範なネットワークを適宜抽出し、分析できる研究環境を与えていただいたことに感謝しています。

